発展途上日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 見られる

<<   作成日時 : 2007/05/29 22:13   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

ここのところ造形物を「見る」ことについてぐだぐだ考えてましたが・・・
イッコ大事なことを忘れてました。
人形に「見られている」という感覚。
その感覚がなければ、たぶん市松人形の髪が伸びたりもしないだろうという、そんな気がします(笑)

見る・見られるというのは容易に逆転可能で、
見る=主体、見られる=客体、であるとすれば、主客の転倒が容易であるということ。

視姦という言葉があるわけで、見る、というのは一種の暴力でありうる。

観賞用のフィギュアというのは、特にエロフィギュアなんてものは、それこそ誰はばかることなく好き勝手に視姦することを許された客体かもしれない。
けれどそれが逆転する瞬間というものもたぶんあるのかもしれない。

視線を観客に向けたフィギュアに、好悪が分かれたりするのも、この辺に理由があるのかも、という気もしないでもありません。

一方的にこちらを見つめてくる視線の主。
勝手にこちらを客体化=モノ扱いしやがる無作法な侵入者。

つまりそれを「他者」というのかもしれない、なんてことを考えたら急に押井守を思い出しましたw

>自分でない誰か。
>目の前にいて自分を見つめているその誰か。

というのはアニメージュ文庫「天使のたまご」のあとがき。



昨日今日とジョン・バージャーの『見るということ』とかいう本を半分ほど読んだですけど・・・
そこにもこんなことが・・・

>人間はその視線を返すことによって自分自身を認識する。

だとか、

>動物を見ている来園者、視線を相手から返されることのない人間は孤独である。

だとか書いてあって・・・・
ごく自然に腑に落ちたりする今日この頃だったりします。



ところでバージャーによれば、
>動物園や本物の動物に似た玩具、動物のイメージの広範な商業的拡大は、動物が日常生活から撤退し始めたときから始まった。
のだそうで、
最近の萌えフィギュアにあてはめれば、「美少女に似た玩具、美少女のイメージの広範な商業的拡大は・・・云々」ってことになるのかもですね(笑)
なんか当たらずといえども遠くないような・・・・・・・・・・・・・・・(^o^;A

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
どもども、出勤前カキコです(汗
今回は逆転発想っすね♪

どの角度で見ても「見られてる」トリックアートとか、
澄まし顔が逆に怖い能面とか思い出しますた(爆)
廊下の端に能面飾ってる旅館とかあるんですよ……怖いですアレ(核爆)

>その視線を返すことによって
我見られる、故に我在り、ってわけですね。
そう言えば人間の目に白目部分が多いのは動物界では珍しいそうで。
視線がはっきり分かる目の形をしているのは人間くらいだとか、
少なくとも他の霊長類はそういう目になってないとか。
そういう意味では、視線にも表情があるのが人間らしさの1つなのかも……
とか何とかのたまってみたり(爆汗)

行ってきまーす(逃げるな)
GmaGDW
2007/05/30 06:55
ども帰宅後レスです

>どの角度で見ても「見られてる」トリックアートとか、
>澄まし顔が逆に怖い能面とか思い出しますた(爆)

自分的仮想敵(笑)はドールですけどねー
ドールアイに勝てるか!?とか
アニメキャラの目ってそもそも・・・とか(爆)

地元には能面飾ってる茶店とかありますよー
小面、翁、般若あたり定番っすねー♪

>そう言えば人間の目に白目部分が多いのは動物界では珍しいそうで。
なんかそうらしいですね
白目の形が重要ってのはとある表情本にも書いてあったなーとか。

ってことはGMKゴジはどーなんでせうね(笑)
零無
2007/05/30 21:35

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
見られる 発展途上日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる